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ジヤトコ富士1地区で歴史的な鉄道レールを発見 偶然発見された114年前の鉄道レール

ジヤトコ富士1地区に、昔使われていた鉄道のレールが残っていることは知られていました。2021年7月、これまでとは違う場所で歴史的なレールが発見されたのは、いくつもの偶然が重なった結果でした。

富士1地区の前身となる日産吉原工場

日産自動車株式会社 吉原工場は1943年、東京人造絹糸株式会社の吉原工場を買収して立ち上がります。当時は戦争中で、陸軍により要請された航空機のエンジンを製造するための工場でした。

写真は「日産自動車 吉原工場50年史」のものです。工場の中に鉄道のレールが引かれているのが分かります。

偶然による発見

日産吉原工場は現在ではジヤトコの富士1地区としてCVTを生産しています。工場の敷地内に鉄道のレールが残っている場所があることは知られていましたが、その場所のほど近く、倉庫の裏の草むらに、新しいレールが枕木とともに発見されました。

発見者のグローバル広報部 小野田さんです。(1月末に嘱託満了により退職)

「レールを発見したのはまったくの偶然でした。昨年7月、私はヘリテージの担当者としてジヤトコ内にある『昔のレール』をこの目で確認したいと1地区に向かったのですが、だいたいの位置しか聞かずに行ったため、そのときは見つからなかったのです。そのレールはコンクリートに埋まって頭が少し出ている程度の状態で、上に土ぼこりが被っていて分かりにくい状況になっていたようです。そのときはあきらめ、もう一度時間を作ってそのあたり一帯を探しまわりました。倉庫の裏の草むらの草をむしってみたところ、ようやくレールが出てきたのです」

「これが、いわゆる『昔のレール』だと思ったのですが、知っている人に聞くとどうやらそうではない。そこで、社外の鉄道に詳しい方と再度確認に行って、レール2本と枕木を発見しました。さらにレールには刻印があり、その刻印には『1908 官営八幡』と記されていたのです。その方に『これは歴史的な発見だよ』と言われ、初めてすごいものを見つけたことが分かりました」

偶然からの大発見、少し詳しく解説していただきます。 「これは、明治末期の1908年に官営八幡製鉄所で作られたレールだということが刻印で分かります。日本で初めて鉄道が設置された1870年代には、レールを海外から輸入していました。国産のレールは1901年に初めて八幡製鉄所で作られたという記録があり、現存する最古の国産レールは1902年製ですので、このレールはそれに近い本当に初期のものだったのです」

「日産吉原工場の50周年史を調べると、当時の地図が載っていて、確かにその場所にレールが引かれていました。これまで知られていたレールとは違う分岐のレールが見つかったのです。当時を知るよしはありませんが、戦後はダットサントラックやブルーバードが生産されており、鋳造、鍛造の材料を運んだり、ユニットを輸送したりしていたと思われます。また、記録はないのですが、社員の通勤にも使われていたのではないかと私は思うのです」

「というのは、昔、私の父が日産の吉原工場に勤めていた時期があるのです。終戦後、富士駅の近くに住んでいて、そこから吉原工場に通っていたのですが、クルマもない、自転車もない状況でしたので、富士駅から吉原駅に行き、そこから電車で工場に通っていたとしか考えられない。それを思い出したとき、『ああ、いろんなことがつながったな』と思いました」

小野田さんは続けます。 「私は今までジヤトコの広報としてヘリテージを追いかけてきましたが、今回のレールを調べていく過程で、ヘリテージには『モノづくりを支えてきたもの』という視点があることに気がつきました。クルマや製品だけでなく、それらを造るためになにが行われたのか。産業を支えたインフラや時代についても知るべきだと改めて勉強になりました」

富士1地区に眠っていた歴史的なレールが発見できたのは「正確な場所を知らず、一人で探したこと」「知られていたレールに土ぼこりが被って見えにくくなっていたこと」「草をむしっても探しだそうとするバイタリティを持っていたこと」「ヘリテージに対する探究心を持っていたこと」など多くの偶然が重なったことによります。小野田さんがこのレールを発見することは、初めから決まっていたのかもしれません。

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