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第1回ジヤトコ富士山サイクルロードレース それぞれの戦い 3月19日、20日に行われた第1回ジヤトコ富士山サイクルロードレースを3つの視点でレポートします。

3月19日、20日の2日間、ジヤトコが冠スポンサーとなった「第1回ジヤトコ富士山サイクルロードレース」が富士市の青葉通りで行われました。「自転車レースは富士市に根付くのか?」「ジヤトコがスポンサーとして応援しているレバンテフジ静岡の戦いはどうだったのか?」そして「ジヤトコから参加した 69名のボランティアの皆さんの働きと市民の反応はどうだったか?」という3つの視点でレポートします。

自転車ロードレースは富士市に根付くのか?

数日前までの雨の予報を覆し、3月19日、20日の2日間、朝から快晴の中、レースが開催されました。大会の正式名称は「第1回ジヤトコ富士山サイクルロードレース富士クリテリウムチャンピオンシップ」です。「富士山サイクルロードレース」はイベント全体の名称で、そのメインレースが「富士クリテリウムチャンピオンシップ」です。

「富士クリテリウムチャンピオンシップ」は、日本の自転車競技の3団体「全日本実業団自転車競技連盟(JBCF)」「ジャパンサイクルリーグ(JCL)」「日本学生自転車競技連盟(JICF)」が参加し、団体を越えた真のチャンピオンを決めるレースです。

コースは富士市中央公園から富士市役所までの片側3車線、合計6車線の富士市のメイン通りを封鎖して設置されました。レースは1周1.8kmのコースを予選15周(27km)、決勝30周(54km)、観客の目の前を選手が何度も通り過ぎ、毎周順位が変わる様子や最後のスプリント勝負まですべての見どころを楽しめます。さらに場所によっては1mより近い距離を選手が通過するため、そのスピードやタイヤ音、選手の息づかい、ほかの選手への声がけなどリアルなレースが楽しめます。

また、レース実況と解説が沿道のスピーカーで流され、初めて観戦する人も楽しむことができました。「選手が集団から飛び出す意味」「そのとき、後続集団がなにを考え、どこを見ているか」など。駆け引きや見どころを知ることで、さらにレースが面白くなります。

決勝レースのリザルトは大会公式ホームページに掲載されています。 公式ホームページの情報はこちら

54kmのレースですが、ゴールには1秒間に10人以上の選手がなだれ込み、ほとんど差がつかなかったことが分かります。コースにはゆっくりと流せる場所はほとんどなく、むしろ折り返しの後、しっかり加速しつつ坂を上がるために30回以上全力で加速を行わなければならないタフなコースでした。

沿道には、多くの市民が集まり、レースの迫力を楽しみながら選手に拍手を送っていました。大会の公式発表では19日が約4,000人、20日には約12,000人の方々が観戦したそうです。これは主催者の予想を超えており、来年以降の開催に大きな弾みがつきました。

佐藤CEOは20日の交流戦のスターターを務め、表彰式では2位の選手へトロフィーなどの授与を行いました。市長とともに「来年もぜひやりたい」と早くも継続開催の宣言が飛び出しました。

ジヤトコと地元を背負ったレバンテの戦い

ジヤトコがスポンサーとして応援している「レバンテフジ静岡」。地元での開催とあって、ジヤトコ社員も期待し、市民の皆さんも大きな声援を送りました。

19日のJCL予選には佐野選手、石井選手、鈴木選手、海野選手、高梨選手、西村選手の6名が出場、決勝に進める25位以内を目指します。レースは佐野選手がトップから何度か逃げ切りを図るものの、最終的にはゴール時に1秒差に34名がひしめく混戦で、有力選手が予選落ちするなど波乱の結果となりました。レバンテからは佐野選手、高梨選手の2名が決勝に進みます。

20日の決勝では、複数の有力チームが5名の選手をそろえて臨む中、レバンテフジ静岡は2名で数的不利を感じさせます。しかし、40歳の佐野選手が地元チームの意地を見せてくれました。

序盤からトップグループに加わり、一時は単独で抜け出し、さらに終盤にも再度トップグループに加わることで、「地元のレバンテフジ静岡の佐野」と連呼する実況と相まって、観客に存在を強くアピールしたのです。

最後の数周はスタミナが切れ、集団から半周近く遅れてしまいましたが、観客も佐野選手のがんばりを分かっていました。先頭集団よりも大きな拍手と声援を送り続け、佐野選手も最後まで手を抜かず、集団から落ちてきた選手を再び追い抜くなど、選手と観客が通じ合う感動的な場面を見ることができました。 レバンテフジ静岡は地元の誇り、ジヤトコの誇りです。ありがとう。佐野選手。

ジヤトコの誇り ボランティア

戦ったのはレバンテばかりではありません。2日間のイベントにはジヤトコから総勢69名の方々がボランティアとして参加し、運営をサポートしました。ボランティアの方々には朝の会場設営、レース中の観客の統制、レース後の道路封鎖の解除、清掃活動まで、ほぼ丸一日活動していただきました。

ボランティアの皆さんはジヤトコの緑のビブスを着用、てきぱきと仕事をこなす姿は歩く広告塔として市民の皆さまにジヤトコの存在をアピールすることになりました。レースの観客統制の仕事はもちろん、問い合わせに真摯に受け答えし、風に舞う紙ゴミをサッと拾ってポケットに入れるなど、そのしぐさも含めジヤトコの代表としてふさわしい立派なものでした。観客たちが、「ジヤトコの人たち、社を上げて手伝っていてすごいわね」「皆さん、ボランティアなんでしょう?」などと話しているのを何回か聞きました。

実は、初めて開催されるイベントということもあり、運営はスムーズにいかないこともありました。会場設営の際の市役所からの指示が届かず、どう動いてよいか分からないまま、理不尽に警察に怒られた方もいました。「なんでここを通ってはいけないんだ」と市民に詰め寄られた方もいます。でも、皆さん文句ひとつ言わず、責務を果たし、道路封鎖・解除を手伝い、最後にはコースの清掃をして戻ってきてくれました。

終了後のアンケートには、ほとんどの方が「また参加したい」と回答し、「ほかの会社のボランティアの方と助け合って活動できました」「市民の方や、他部署の方と交流できてよかった」「サイクルロードレースの面白さを知りました」「誰かのお役に立てたことがうれしい」などの声もいただきました。 ボランティアの皆さんとこの文化こそ、ジヤトコの誇りです。

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