Vol. 36 / 2023.12月号特集

電動車椅子のメカドクター不具合を瞬時に見つけ出す唯一無二の存在　- JEPS統括部黒中さん -

真剣な眼差しでのメンテナンスが終わると、「調子が悪くなったらまた直すので、安心して試合がんばってくださいね」と車椅子の選手と同じ目線になるように腰をかがめて声を掛けます。選手も笑顔でうなずき、電動車椅子を巧みに操って颯爽とピッチに向かいます。これまで何度も繰り返されてきた黒中さんと選手との微笑ましいやりとりの1コマです。今号では、10月にオーストラリアのシドニーで開催された電動車椅子サッカー世界大会にもメカニカルスタッフとして帯同した、「電動車椅子のメカドクター」黒中さんを紹介します。

電動車椅子サッカーとは

電動車椅子サッカーは、電動車椅子を使用した「足で蹴らないサッカー」競技です。選手の多くは自立した歩行ができない障がいを抱えており、中には上半身や首の保持ができないほどの重度の障がいを持つ選手もいます。しかし、彼らは手や口、足、顎などを使ってジョイスティック型のコントローラーを操作し、車椅子と一体になってプレーします。車椅子を360度ターンさせ、前方に取り付けた足の代わりとなるフットガードでボールを勢いよく蹴りだすプレーは、電動車椅子サッカーならではの豪快かつ繊細な動きを感じさせてくれます。

日本代表GW内海さん

圧巻のプレー

ジヤトコは2019年から電動車椅子サッカーの大会において、「ジヤトコピット」を設置して、選手が操る車椅子のフットガードの取り付けや取り外し、修理などを行ってきました。今年11月に行われたパワーチェアーフットボールチャンピオンシップジャパン2023では、テクニカルスタッフや大会運営スタッフとして延べ90名を超えるボランティアが参加しました。

会場のどこを見てもジヤトコボランティアが作業をしています

ボルトが足りない!

2日間にわたる大会の初日、黒中さんの姿を見つけると、「待ってました!」とばかりに選手やチームスタッフの行列ができます。試合前に黒中さんに車椅子のメンテナンスをしてもらいたいのです。さまざまな大会でその魔法のような修理技術を披露してきた黒中さんは、選手たちの間では超有名人で人気者なのです。

今回の大会は参加が20チームとこれまでより多かったため、ジヤトコピットチームはそれを見越して、フットガード交換用のボルトをかなり多めに準備していました。これまでの大会では4〜5本しか交換していませんでしたが、今回は様相が違いました。黒中さんの評判を口コミで聞きつけた初参加のチームも修理の行列に加わったので、大会初日の午前中には40本用意したボルトのほとんどを使ってしまったのです。通常はフットガードのメンテナンスは家族や介助者が行いますが、彼らはエンジニアではないため、適切な長さのボルトを使用していなかったり、正しく締め付けていなかったりし、不具合が出ても原因が分からず、ボルトを交換しないまま試合を続けることもあります。プレー中、車椅子同士が激しくぶつかった時の衝撃でボルトが焼きついて外せなくなり、無理に外そうとするとちぎれて穴をふさいでしまうこともあります。黒中さんは選手とコミュニケーションを取りながらテキパキと不具合個所を診断し、修理が完了すると、選手だけでなく付き添いの方の表情も明るくなり、会場内が安堵の空気に包まれました。

即席の修理工場

黒中さんと修理を待つ選手たち

黒中さんの周りにはいつも人だかり

黒中さんが作業を始めると、自然とジヤトコピットのメンバーたちが集まってきます。彼らによると、黒中さんはフットガードを見ただけで不具合が何で、どのように修理すればよいのかを瞬時に判断できる、まさに神の目を持っているそうです。選手たちの乗っている車椅子は当然、障がいや体格によって規格がまったく異なりますが、黒中さんの手にかかればそのような違いは問題ではなさそうです。その唯一無二の技術を習得しようと、皆真剣に黒中さんの作業を見守り、率先して作業をサポートします。黒中さんも丁寧に説明しながら、自身の技術をメンバーたちに伝えていました。彼らは黒中さんの手際のよさや的確な判断を目の当たりにし、黒中さんから学ぶことに喜びを感じているようでした。

技術を習得しようと集まるジヤトコピットメンバー

世界大会帯同看護師の井上さんから見た黒中さん

世界大会にメディカルチームの一員として帯同した看護師の井上さんも黒中さんのすばらしさを語ってくれました。

「初めて海外に行く選手や、飛行機による気圧の変化で体調を崩してしまう選手がいますので、選手たちがストレスなく過ごせるように入念に事前準備を行ってきました。黒中さんは選手たちとの間に絶大な信頼関係を築いているので、車椅子のメンテナンスだけでなく“黒中さんがベンチにいてくれる”というメンタル面の支えも大きなものでした。一緒にオーストラリアに行ってくれたことは本当に心強かったです。」