役員さんに聞いてみよう!
お帰りなさい&よろしくお願いします
役員さんに、仕事からプライベートまで色々聞いちゃいました! 今年度、5年ぶりにメキシコから戻られた生産部門の井上常務執行役員(CVP)と、日産自動車から来られた調達部門の大森CVPにお話を伺いました。 最後まで楽しみながらご覧ください。
井上 常務執行役員(CVP)/ 生産部門
Q.2019年以来5年ぶりの日本、また富士はいかがでしょうか?
A.そんなに変わらないと思いますが、特に4地区はきれいになっていましたね。あと、街を歩くと「あのお店、なくなってしまったのか」と色々な気づきがありました。
Q.メキシコでの生活を教えてください。
A.メキシコ人はポジティブ!「自分なら出来る!」というスタンスでいるのがメキシコ人。主張すべきところはちゃんと主張しますね。日本人はどうしても謙遜してしまう。 メキシコ人は経営陣が情報を発信する場でもたくさん質問していますね。積極性があるので、自己PRがうまい。ワークライフもすごく大事にする。仕事をお願いすると、アオリータ(Ahorita)とよく返ってきます。「まもなく」という意味なのですが、今なのか、明日までなのか分からない(笑)。便利な言葉ですね。
Q.特にコミュニケーションを重視したとお聞きしました。
A.社長就任時は理想を持っていて、その理想にいかに近づけるかを考えていました。その一つがコミュニケーションです。 私は広報を大事にしていました。当時は昼食時にサッカーのビデオなどを流していましたが、私は会社の情報をもっと発信したい思いがありました。そこから革命が始まったわけです。トップマネジメントからの情報は大事ということで、週単位で内製にて取材した動画を撮って、月次でまとめる。それを私がレビューしていました。改善事例を紹介したり、こんなことをほめられたりした、とシェアするのです。動画のトップメッセージは最初の4年は私がレビューして、5年目からは現地のVPの方にやってもらった。最初は少し抵抗もありましたが、徐々に管理職クラスを中心に分かってもらえるようになりました。会議の場でも、私がやりたいことを伝えて、「共感してくれるなら力を貸してくれ」と熱意を持って伝えていました。
Q.これまでの経験をもとに、ジヤトコをどのような会社にしていきたいですか?
A.チャレンジ精神旺盛で、高い能力を持った従業員が伸び伸びと働くことで、収益力の高い会社にしたいですね。収益と言ったのは、その原資がインフラや雇用などの次の原資にもなるからです。収益力の高い会社はそこがつながっているわけです。
Q.今後の意気込みについて教えてください。
A.工場だけでなくオフィスも含め、全員がモチベーション高く、ワクワクしながら働くことができる職場づくりに尽力していきます。
Q.これまでの会社生活での一番の思い出を教えてください。
A.フラッシュバックするのは辛かったことや試練ばかりですが、やはりメキシコの社長時代に経験した新型コロナウイルスによる約2か月間のシャットアウトです。 感染者の医療サポート、従業員の安全確保、最大80個ほどのウイルス防疫プロトコル(感染拡大を防ぐための手順や基準)、運転資金の確保など、多くの課題対応が短期間に集中しました。大変でしたが、日ごろから従業員とのコミュニケーションを心掛けていたこともあり、全員で力を合わせて何とか乗り切れました。
Q.スペイン語はどのようにして習得したのですか?
A.ジヤトコメキシコ立ち上げのために赴任した2004年は、単語帳を使ってひたすら勉強していました。合計10冊くらいですね。当時公用語は英語ではなく、スペイン語でした。現場での朝礼から会議、加工トレーニングなど日々のオペレーションまですべてスペイン語。4か月くらいで覚えましたね。最初の赴任で日常会話までできるようになりました。社長として赴任したときも、意外とスペイン語は忘れていませんでしたが、現地の人から「レベルが落ちたな」と言われましたけどね(笑)。
Q.社会人として心掛けていることを教えてください。
A.「礼儀正しく、人間関係を大切に!」 当たり前かもしれませんが、社会人として大切にしています。
Q.座右の銘、バイブル本などあれば教えてください。
A.『よい上司ほど部下をダメにする』 著者:Jean Francois Manxoni/Jean Louis Barsoux 課長時代に読んだ本です。ダメ出し・管理・フォローより、部下との信頼関係を築くことが大事という教えです。部下は管理されると楽ですが、それでは育ちません。彼らのパフォーマンス向上のため、モチベーションを上げることは意識しています。
Q.趣味を教えてください。(休日の過ごし方など)
A.日本時代からゴルフが好きで、メキシコでも週末はよくゴルフ行っていました。 あとは、スペイン語が多少出来たので、現地のコミュニティでも楽しめました。(ゴルフの)キャディーさんもお友達でしたし、ローカルメンバーと食事をする機会もありました。
若手時代、趣味、お気に入りのお写真
27歳ごろの井上さん。ご家族と。
ジヤトコメキシコ社長時代に社員が撮影したもの
フォームがきれいです
大森常務執行役員(CVP)/ 調達部門
Q.就任されて間もないですが、これまでの経験をもとに、ジヤトコをどのような会社にしていきたいですか?
A.ジヤトコの知名度を上げていきたいですね。ジヤトコは自動車業界や静岡県内では結構知られていますが、業界以外の方にも知られるよう、チャンスがあればチャレンジしたいと思っています。 ジヤトコがクルマ以外にも色々チャレンジしていることは昨年5月に日本経済新聞が「人とくるまのテクノロジー展YOKOHAMA」での佐藤CEOのプレスブリーフィングの様子を報道したことで知りました。また、ジヤトコが取り組んでいるコンバージョンEVについても、旧車に乗っている人は一定数いるので、「こういう取り組みをやってくれたらありがたいな」と思っていましたが、実際に取り組んでいると聞いて驚きました。 個人的には、お客さまに配布するノベルティも工夫すると、話題にもなるのかな、とひそかに考えています。
Q.ジヤトコと富士市の印象について教えてください。
A.置かれている環境がそうさせているかもしれませんが、佐藤CEOが推進しているアントレプレナーシップを持った取り組みが実になりそうなので、楽しみですね。 あと、富士市は富士山が近くにそびえていてすごいと言うのですが、周りの方はもう見飽きたのかいつも反応が薄いですね(笑)。
Q.直近では日産自動車のコーポレートサポートオフィス副本部長として活躍されていましたね。
A.内田誠CEOのテクニカルアシスタントを担当していました。昨年7月の内田CEOのジヤトコ本社訪問時は、私もイベント企画メンバーでしたが、私がコロナになってしまい当日参加できず残念でした。
Q.これまでの会社生活での一番の思い出を教えてください。
A.一つ選ぶのは難しいのですが、2004年にRNPO/共同購買本部ビークル部品調達部でルノーと仕事をしました。入社時から技術系だったので、英語もそんなに自信がありませんでしたが、私の中では衝撃的でした。仕事の考え方も全然違い、いかに自分がドメスティックに仕事をしていたことを痛感しました。例えば、日本人は会議で同じ意見だと、たいていは「うん、うん」と頷くだけですが、フランス人は賛成であっても、「賛成」と言います。自己表現がうまいですね。フランスをはじめとして、色々な国やサプライヤーさんとお付き合いしてきたことは私の財産です。 ジヤトコとの付き合いは、2018年にAPO/共同購買本部パワートレインプロジェクト購買部に配属された時です。今回ジヤトコに来たので、改めて勉強するために昔のように色々足で回ろうと思っています。色々行くことで自分の記憶に残さないといけません。
Q.社会人として心掛けていることを教えてください。
A.「感謝の気持ちを口に出す」です。 強く意識するようになったのは、フランスに行ってからです。フランス人は二言目には「メルシー」と言います。日本人の「すみません」に似ているかもしれませんね。あとは、奥さんに言われるかな(笑)。 仕事については、 ①TEAMでやる ②情報は鮮度が命 ③理想と現実 を心掛けています。
Q.座右の銘、バイブル本などあれば教えてください。
A.アントニオ猪木さんではないですが、「元気があれば何でもできる」です。体だけでなく、心も元気でないとダメだと思います。その2つがあれば、何でもできるといつも思っています。
Q.趣味を教えてください。(休日の過ごし方など)
A.バスケットボール観戦が好きです。学生時代にプレーしていましたが、膝の靭帯を切断して以来観戦中心になっています。私は島根県出身なので、B1*¹リーグに所属する島根スサノオマジックのファンです。島根県に唯一あるプロチームです。 あとは、チョコレートが好きです。IKEAの板チョコがおすすめです。 *¹日本の男子プロバスケットボールリーグ、B.LEAGUE 1部
Q.出身地の島根県について教えてください。
A.私は島根の隠岐郡海土町出身です。 承久の乱(1221年)で鎌倉幕府に敗れた後鳥羽上皇が島流しにあった島です。中学までしか島にいませんでしたが、小さいときは海で泳いでばかりいました。高校は高専(国立松江工業高等専門学校)だったので、15歳で親元を離れて寮で過ごしていました。
若手時代、趣味、お気に入りのお写真
バスケットボール全国高専大会で優勝
フランスの自宅からのエッフェル塔
若手時代の大森さん